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【北康利連載】若者よ、人生に投資せよ 本多静六伝 #64

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永遠の森64

【三井物産社長・益田孝】

第五章 人生即努力、努力即幸福 (10)
帝国森林会

大日本山林会は、東京山林学校を設立した初代校長の松野礀が奔走し、林業の改良と進歩を目的として明治一五年(一八八二)に立ち上げた組織である。
そして実務レベルで会の運営を担い、会報の主たる執筆者でもあったのが、川瀬善太郎と静六の二人だった。
余談だが、現在、大日本山林会では会報『山林』をデジタルデータ化し、検索できるよう整備している。試みに本多静六で検索すると三一五件ヒットした。長く会長を務めた川瀬善太郎でも一八八件、河合鈰太郎五二件、志賀泰山一六件となっており、一日一ページの原稿執筆がいかに常人離れした生産量をたたき出していたかを実感できる。

当初は順調だった会の運営に、やがて暗雲が垂れ込めてくる。
大正三年(一九一四)に始まった第一次世界大戦によって木材の需要が激増し、一時は好景気に沸いた。大日本山林会は大正四年(一九一五)、社団法人に改組され非営利団体となるのだが、戦後不況による会員の減少は財政悪化に直結し、体制の見直しに迫られるようになった。
大正八年(一九一九)三月、大日本山林会会長の武井守正(もりまさ)(元農商務省山林局長、貴族院議員)と三井物産社長の益田孝の両男爵が呼びかけ人となって華族会館に東京・横浜の実業家数十名が集められ対策が話し合われた。
なぜ三井物産の益田が呼びかけ人に加わっていたかと言うと、同社は現在、民間第四位の山林所有者(約四・四万ヘクタール)だが、その素地を作ったのが創業者の益田だったのだ。
益田は静六の支援者でもあった。益田は渋沢と同時期、明治新政府に出仕していた旧幕臣である。当然、晋のことはよく知っているし、幕臣同士にしかわからない親近感がそこにはある。特に晋の死後は、まるで父親のように接してくれた。
協議の結果、同年(大正八年)、社団法人である大日本山林会とは別に、財団法人帝国森林会を設立して支援することとなり、会長は大日本山林会の武井が兼任し、最高顧問には益田孝が就任。静六は副会長に選ばれた。
以降、帝国森林会は資金集めの窓口となり、集めた財産を運用して大日本山林会を支えた。
社会啓蒙のための出版にも力を入れたが、設立当初の刊行物が『平和記念植樹』『平和記念林業』であるのは、第一次世界大戦直後でもあり、平和な社会を求める思いが反映されたものであろう。

大正一五年(一九二六)一二月、武井会長が逝去したことから、静六が帝国森林会の会長就任を打診された。
大日本山林会会長のほうは大正九年(一九二〇)、すでに川瀬が引き継いでいる。こうした行政面は川瀬が秀でており、演習林長や東京帝国大学農学部の農学部長を含め、〝功は譲る〟という信念もあって顕職はできる限り彼に任せてきた。
ちなみに川瀬は静六より年上なので、大正一二年(一九二三)、すでに大学を退官している。
「川瀬君に兼任してもらってはいかがですか?」
一旦はそう言って辞退したが、益田が強く会長就任を要請してきた。益田の頼みとあっては断りきれない。さすがに腹をくくり、帝国森林会二代目会長就任を受諾した。
そして翌年(昭和二年)三月には会長職に専念するべく、三五年間奉職した東京帝国大学教授を退官し、名誉教授となっている。この際、正三位勲二等を叙勲している。

静六は担当していた第二講座(造林学)を白沢保美に任せることにした。
山林局林業試験所長を長く務め経験豊富だとは言え、東京帝国大学での肩書きは講師である。しかし静六は肩書きで人を判断しなかった。人望もあり、最も優秀だと思う人間に後事を託したのだ。
人生計画において六〇歳までは学問に専心と決めていたが、前年(昭和元年)に満六〇歳を迎えていた。次の人生計画は〝七〇歳までは社会へのお礼奉公〟だが、考えてみれば帝国森林会の会長職はぴったりであった。
益田の配慮により、副会長には製紙王と呼ばれた王子製紙の藤原銀次郎が就任する。
本来なら会長にこそふさわしい財界の大物中の大物だ。ありがたいを通り越して、もったいない話だった。おまけに藤原は毎年六万円(現在価値にして約三億円)を帝国森林会に補助してくれることになった。これで帝国森林会は盤石である。
帝国森林会は大日本山林会同様、赤坂溜池町の三会堂ビルに入った。
大日本農会、大日本山林会、大日本水産会とその関連団体が入っていたことから〝三会堂〟と名付けられたビルだ。先代の三会堂ビルは関東大震災で焼失し、ちょうど静六が会長に就任した翌月、鉄筋コンクリート六階建ての新ビルが竣工し、真新しい会長室に入ることができた。
会長は名誉職だと会長の椅子にふんぞり返っている静六ではない。
フル回転で仕事を始めたその様子は、日本庭園協会の機関誌『庭園と風景』に「多忙を極むる本多博士」という記事が掲載されていることからも伝わってくる。

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