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【北康利連載】若者よ、人生に投資せよ 本多静六伝 #73

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帰還兵

最終章 若者にエールを送り続けて (6)
帰還兵の若者に夢を語る

昭和二六年(一九五一)八月のことである。一人の青年が、雨の中をわざわざ訪ねてきた。
「『私の財産告白』を拝読し感銘を受けました。つきましては大金持ちになる秘訣を承りに参りました」
静六の顔を見るや否やそんなことを口走った。
(また変な人が舞い込んできたな…)
と思ったがとにかく話を聞くことにした。
「私は中学卒業後、五年間満州に出征。幸い怪我もなく無事帰還し、その後死に物狂いで金儲けに志しました。闇商売もやりました。命の限り稼ぎ続けて四年間でようやく一〇〇万円の金を作りました。でもまだ小金持ちの類いなので、生涯で是非二億円以上の資産を持ちたいと思って希望に燃えていました。先生のご説を拝読すると、初めにまず雪だるまの芯をこしらえ、それができたら貯金から投資に転ずることだとあったので、私もそうしようと考え出資(今でいう融資)を始めたのですが、世の中は不景気になっていく一方、二〇万ほど詐欺に遭ってしまい、最近すっかり肩を落としてしまっていました。でもいつまでもこうしてはいられないと思い、思い切って先生のところに今後のご相談に伺った次第です」
これはなかなか難しい相談である。
ところが静六は慌てず騒がず、
「お安い御用だ」
と即座に答え、縷々(るる)話をし始めた。
「昔から卵は一度に同じ入れ物に入れて運んではいけないと言われているが、投資もそれと同じで、一つの事業に入れ上げてしまっては危険である。危険の分散を行っておくのが賢いやり方だ」
そう前置きした上で、これまで八〇万円を二口に分けて行っている質屋と理髪店への出資には賛成した。本人は新設競輪場の出資に熱意を持っていたようだが、当時、ギャンブルの類いは競争が激しくなっていたことや風紀上の問題から消極的意見を述べた。
その上で残りの八〇万円を大きくしていく算段を始める。
「まず質屋と理髪店の出資から月の利息四%分の三万二〇〇〇円、元金均等の月返済額四万円の合計七万二〇〇〇円を全額銀行預金に入れてしまいなさい」
「三、四ヵ月経てばそれを再投資するのでしょうか?」
「いやいや、その預金を担保として新たに銀行から融資を受けるのだ。銀行に年一割の利息を払っても月四%(年率四八%)で投資を続ければ、差し引き年率三割八分(三八%)の利益が得られる。大事なことは投資先の監視と指導ということになる。机上のプランと実際とでは食い違いが生じる。その食い違いを都度善処し、新たな工夫を凝らしていくのが腕の見せどころだ」
それにしても、この帰還兵の若者のような身の上相談に乗っていたのでは、楽隠居どころではない。驚くべきことに、彼はそれを社会奉仕の一環として代金を取らずに行い続けていた。職業ならぬ社会奉仕の道楽化とでも言ったらいいのだろうか。
もちろん中には執筆の材料にしたものもあったが、だからと言って人生相談のような人の人生を左右しかねない責任の重いことを、そうそう簡単に引き受けられるものではない。
おまけに彼は、どうしようもなくなっている人には金銭を与えたりした。いよいよ、お人好しのそのさらに向こうの世界に入ろうとしていたのだ。

豊かになる道は、どの時代にも開かれている。そして静六は〝金儲けのできる人間は偉い人間〟だとはっきり言う。
学問や芸術はそれ相応の素質がなければならないが、金儲けは万人に門戸開放されており機会均等であり、何人にも禁じられていない。その中で金を儲けた人は、自分の創意工夫だけで成功したのだから胸を張れば良いのだ。ある程度の金によって精神の独立を担保するのは大切なことだし、金儲けのできる人間が大いに使っていかねば金は社会に回っていかない。
だが彼は〝金儲けの奥義〟をきわめた蓄財の神様のように扱われ、『私の財産告白』が金儲けのノウハウ本のように読まれていることに一抹の危惧を感じていた。

〈金儲けは理屈でなくて、実際である。計画でなくて、努力である。予算でなくて、結果である。その秘伝はとなると、やっぱり根本的な心構えの問題となる〉

『私の財産告白』

彼がそうはっきりと述べているように、金儲けで重要なのはノウハウといった薄っぺらなものではなく〝根本的な心構え〟すなわち生き方の問題なのである。

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