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コロナ禍で戦うプロの“ベストエフォート”(価値観編)

投資信託「ひふみ」のファンドマネージャーやアナリストにビジネスや世の中の流れを語ってもらう連載、「ひふみのアンテナ」。今回は特別編です。

新型コロナウイルスの感染が拡大して1年が経ちました。現在も一部地域は緊急事態宣言の最中にあります(2021年3月3日現在)。

前例のない事態で私たちの生活も大きく変化していく中で、ひふみの運用チームも全力を尽くしてマーケットと向き合い、手元の情報をもとに試行錯誤し、その時々で最善だと考えた選択をしてきました。

最高投資責任者の藤野と経済調査室の三宅は、最初の緊急事態宣言後の2020年6月から、この未曾有の状況を分析し「最善の選択」をするため、かねてより藤野と親交のあった資産アドバイザー・平野圭一さんとともにwith/afterコロナの社会に関して定期的に議論をしてきました。

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投資家、株式ストラテジスト、資産アドバイザーそれぞれの立場で世の中をどのようにとらえてきたのか。
そしてそこから見えた「新たな価値観」とは何か、
レポートを担当するのは、2020年4月にマーケットの世界に足を踏み入れた経済調査室・橋本です。
コロナ禍という長いトンネルの中で、長年金融業界に身を置くプロがどのようなことを考えてきたかをお伝えしながら、皆様がこれからの世の中・そしてご自身の価値観を見つめるヒントにしていただければと思います。

プロフィール:平野圭一さん
仏ソシエテジェネラル銀行にて日本のプライベートバンキング事業創業の後、同信託銀行常務を経て2005年離日。グローバル不動産本部長、日系顧客本部長を歴任。現在は数人の顧客に限定したファミリーオフィス事業と在日代表・PB主幹を務めたロンバーオディエ信託の上級顧問職に従事する傍ら現役世代の資産形成を応援する。欧米アジアの豊富な人脈に支えられたマクロ経済分析とアセットアロケーションに強い。著書に『財産所得-未来へのおかね教本』がある。

「働く」「住む」の価値観が変化

―藤野さんは最初の緊急事態宣言が明けたあと、社会の価値観の変化や分岐を指摘していました。

藤野:
これからは「損得」よりも「ハッピー」という価値観が重視されると考えました。そしてそれは特に富裕層と庶民との間で違いが出てくるだろうと。貧富の差が大きくなり、富裕層は資産を保全することで頭がいっぱいだけれど、今後富裕層への課税をすると世の中が「総貧乏化」していく可能性がある。そのなかで人生をどう楽しむかということになると思いました。
一方で、まだマネーマーケットにアクセスしていない人は厳しいなと。

―働く人の「ハッピー」についても指摘していました。

藤野:
社員のハッピーについて、日本企業はこれまで真剣に考えてきただろうか、と。コロナの拡大当初、在宅ワークへスムーズに移行できない企業もありましたが、これはまずITの問題があります。
セキュリティ確保や遠隔のコミュニケーションを可能にするITが不足していたことです。
日本企業は、顧客へのIT投資は多少できていますが、実は社内へのIT投資ができていない。
働き方改革をするにしても、ITが不十分なら機能しません

さらにコロナで露呈したのが「ジョブディスクリプション」の問題です。
具体的には業績や成績、従業員による目に見えない貢献やその他のアウトプットなどの効果測定ができないといった観点。
働き方とIT、その制度設計として従業員と会社の向き合い方、これらは一体化しています
なので、単に「DX化する」といっても、社内の意識や、そもそも働くとはどういうことか、未来の働き方とはどのようなものか、こういったことをグローバルな視点もふまえて考える必要がある。
IT格差というのはもともとあったけれど、従業員と会社がどう向き合うのか、評価ややりがいとどう結びつくのか、そういった点がコロナで改めて浮き彫りになったということです。

―平野さんは企業オーナーとの付き合いが深いですが、コロナ流行当初はどのような動きがありましたか?

平野:
会食も旅費も無くなり、企業の経営者の領収書がとても少なかったです。
代わりに節税策として中古自動車を買う方も見られた。
経済的には飲食店や航空会社の売上がクルマのディーラーに流れた感じでしたね。
また、フリーランスの人たちはYouTubeやSNSを使ってしのぎ始めましたよね。
きちんとしたやり方でやると良い収入になります。オンラインで売上を出せる人も多く登場し、エンターテイメントを享受する側もネットに頼り、出す側も見る側も「YouTube様様」でした。

―感染拡大後まもなく、「デジタル」の必要性が再認識されました。株式市場はどのような反応でしたか?

三宅:
第1波のあと、株価の上昇を牽引したのはマザーズやJASDAQといった新興市場でした。
新興市場銘柄の特徴は、21世紀型産業(ネット・デジタル・仮想空間など)が中心である点です。川上・コモディティ産業(近代化・工業化に必要な基幹産業・インフラ産業など)は低調である一方、川下・非コモディティ産業(21世紀型産業の中核)が堅調でした。

コロナ禍ではこの流れが「加速」しています。
堅調なS&P500指数よりも、「グローバル・クラウドコンピューター株価指数」や「SOX指数」はそれ以上に高パフォーマンスで、まさに「リモート相場」でした。
日本も低成長が継続するなか、今後の政府の成長戦略はデジタルが中心となります。
やっと行政も本気で取り組む意識になってきました。

―人々の住まい方にも変化が見られましたよね。

平野:
春先には軽井沢の不動産業者は既に空前絶後の手数料収入だと聞きました。特にすぐ住める家屋付きが借りられたり、売れていたそうです。

藤野:
私も逗子へ移住しましたが、不動産業者いわく、昨夏頃は逗子の物件は毎日内見があり、しかも価格が高いものから売れているとのことでした。
問い合わせも前年より3倍ほど多いとか。
家屋付きで、家屋のクオリティが高いものが人気だそうです。
つまり仕事もリラックスした生活も両方できるような物件ですね。

―物理的な制限がある中で、場所や空間に対する気づきはありましたか?
藤野:
長年私は明治大学で教えていましたが、コロナ前、「大学」という存在はキャンパスと一体化している感覚がありました。
明治大学にいけば「明治の先生モード」になり、気持ちも引き締まる。
同じ時間の中で、「ビジネスマンとしての自分」と、「教師としての自分」を環境で使い分けていました。そしてそれがリフレッシュや刺激にもなっていた。
今は全部自宅で完結しているので、場の変化がなく、自分が変化しないですね。

日本とアメリカはコロナ禍で政権交代へ

―コロナ禍で、日米ともに新たな政権が誕生しました。投資テーマや株式市場にもたらす変化はありますか。

三宅:
菅政権は高い支持率で始動しました。
発足直後、感染抑制と経済立て直しという目下直面する2つの政策課題のうち、特に後者に軸足を置いてきました。中期的にはネット・デジタル経済への対応、長期的には人口減少・少子化対策などが期待されています。
バイデン政権が誕生した後、投資テーマとしての注目点は、世界も日本も歯車が大きく「環境重視」に回り始めたことです
具体的には、EV促進、脱炭素支援、グリーン投資優遇などの動きが加速しています。

―米中関係について、ビジネス現場の事業者はどう捉えていましたか?

平野:
8月頃、中国で会社を持つ方に生の声を聞いたところ、総じて景況感はとても良いとのことでした。
中国は早々にノーマライズされてきているという指標の裏付けでした。
一方この頃、英国のコロナ対策は相変わらず朝令暮改で、唐突に都市再ロックダウンをするなど、現地の方々は不満タラタラでした。
英仏などの感染再拡大は正直なところ予想を超えていましたね。

一方米中の政治姿勢について、中国が内需型の経済に移行していて消費国としての存在感を高めている局面で、この喧嘩を続けていくのは米国にとってメリットはあるのかと考える時期でもありました。
企業にとって中国市場はとても魅力的な販売先です。実際、事業者たちは民間レベルでは米中仲良くやっていると、口を揃えていましたよ。

人々の精神にもたらした変化

―2020年秋以降は、人々の精神的な問題も話題になるようになりました。

藤野:
我々は分断社会に生きています
「大卒の世界」「高卒の世界」というような学歴による分断です。
社会の半分の人は非大卒なのに、私の仕事で周りに高卒の人はほぼいません。コロナ禍で高所得者はほとんど収入が下がっていない一方、低所得者の方が大きく収入が減ったケースが多い。
極端な格差が発生していますが、苦しい人たちが直接的には見えるところにいないという現状もあります。

―想定以上にこの状況が長くなり、貧困や自殺にも焦点が当たりました

平野:
これは、経営状況が悪化してきた中小事業者のメンタルとすごく似ています。
第3波下、コロナ禍が想定よりも「長すぎて勘弁して欲しい」と。もう疲れたから廃業したいと言う声は散見されました。お金があっても先が見えず、命を絶つ人々と似ています。
英米では大学生の自殺者が増えているそうで、特に学生寮で多いとのこと。
お金問題に加え、友達にも会えないなど、ステイホームによる精神的な息詰まりが原因のようです。
我々が勉強会を始めた6月の時点でこういうことを想定して話をしていたかというと、していなかったですね。
半年後に人々の心が病んでしまうということは想像できていなかった。

―では、これから半年ほど先を見据えると、どのような点に注目していますか?

三宅:
ワクチン接種が英米などで急速に普及し始めたので、集団免疫ができる水準くらいまで達する国も出てくるかもしれません。
すると世界の正常化がかなり進み、この半年くらいで経済やマーケットが目まぐるしく変わる可能性があります。
安全が確認され始めれば、人々の行動もはじけるかもしれません。その場合、消費者行動はかなり盛り上がるでしょう。人生で今まで経験したことのないような変化が起きるかもしれません。

平野:
半年先ではないけど、デジタル・ネイティブ世代の感性の行く末に興味があります。
オンラインと育ってきた世代です。「対面授業が無くてかわいそう」と言われる一方、授業はこれからもオンラインが良いという学生が意外と多い。ロックダウンは社会を変えたのではなく、彼らの元々のスタイルを主役にしたということでは、と。
我々の世代は、例えばニューヨークまで会いに行くとか、食事を共にするとか、ビデオ会議で得られないような感覚を得られると思って「移動」して肌感覚でコミュニケーションしてきた人生でした。
対照的に、「会うだけのためにわざわざは行かない」という価値観がメインになり、そういった世代が社会を担うのだから、全体としてのオンライン・オフラインのバランス変化、そこからの経済学的な構造変化はよく観察しておきたいです。

藤野:
最近私はこの状況で「水遁の術を使おう」と言っています。
今は「水遁の術」を使って時間や空間を止める時期のように思っています。春になれば気温の上昇とともに感染が落ち着き、夏場にかけてはワクチンも普及し、実際に打ったという人も増えてくるでしょう。
するとだいぶ雰囲気が変わってくるのではないでしょうか。
今は真っ暗な感じですが、次の準備をしつつ、いかに今の騒ぎから心の距離を置くか、その工夫が大事だと思います。
また、この一年、皆がステイホームを続けたというのは、生活様式や企業活動はもちろん、文学や芸術など精神世界にも影響を与えるでしょう。
そのようなところを僕らが捉えて成果を出せるのか、投資家としてのイマジネーションが求められる気がします。

(後編へつづく)

※当記事のコメントは、個人の見解であり、市場動向や個別銘柄の将来の結果をお約束するものではありません。ならびに、当社が運用する投資信託への組み入れ等をお約束するものではなく、また、金融商品等の売却・購入等の行為の推奨を目的とするものではありません。

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