新米女性トレーダー、コロナショック相場の洗礼/佐々木 志保(前編)
投資信託「ひふみ」のアナリストに、ビジネスや世の中の流れを語ってもらう連載、「ひふみのアンテナ」。今回は番外編として、アナリストではなくファンドの株式の売買を執行するトレーダーが登場します。
2020年4月でトレーダー歴が1年になる佐々木志保は、新米ながらコロナショックという荒波の中を奮闘しています。マーケットでは何が起きていたのか。その中で佐々木は何を学んだのか。インタビューはマーケティング・広報部の大酒が担当します。
佐々木 志保(ささき しほ)
新卒で2016年に野村證券入社。個人や法人への営業を担当。2018年にレオス・キャピタルワークスへ。マーケティングなどを経験したのち、2019年トレーディング部へ異動。趣味は読書。福岡県出身。
最初の注文で叱られる
――もうすぐでトレーダー歴が1年になります。まず、1年前に遡って最初の取引について教えてください。
最初の取引は、時価総額がすごく小さい銘柄で、取引のボリュームも少ない株式でした。慎重に取引しないと、マーケットに自分の手の内がばれてしまい、不利な形で売買が成立してしまう恐れがありました。まだそういう感覚が実感として不十分で、けっこう大胆に注文を流そうとして、指導役の先輩に叱られました……。
運用会社のトレーダーの仕事について
トレーダーの仕事をお客様に説明する場合、よく「大工さん」に例えます。ファンドマネージャーが投資信託のポートフォリオ(組入銘柄)全体の設計をする「建築士さん」だとしたら、トレーダーは実際にその指示に従ってポートフォリオを組み立てていく「大工さん」、そんなイメージです。
具体的に言うと、ファンドマネージャーが「Aという企業の株式を1,000株買う」のように銘柄の売買を決定した後、トレーダーがその売買依頼に基づきマーケットなどを通じて執行(取引)します。買い注文だったらいかに安く買い、売り注文はいかに高く売るかがトレーダーの腕の見せ所になります。トレーダーが執行した株式の売買の価格がひふみの投資信託の基準価額に直接影響しています。
注文を執行する上で、関係する法令を遵守することはもちろんのこと、それ以外にもレオスの取引によって企業の株価が大きく動くなど、株式市場への影響を軽減することも大切です。
レオスでは、特定の計算式により売買を自動執行するアルゴリズムを利用したうえで、トレーダー独自の裁量も用いています。例えば、どのアルゴリズムを使うかについてはトレーダーが判断します。アルゴリズムは証券会社さんが提供しているものですが、同じアルゴリズムでもその会社ごとにクセがあります。こうしたクセも考慮して取引しないと、無駄に高く買ってしまったり、安く売ってしまったりするのです。
――佐々木さんは、どちらかというと「笑わない女性」というか、クールに見えますね。でも、見ていて何となく楽しく仕事をしている印象があります。
笑わない女性ですか……(笑)。確かに笑うのは苦手だけれど、心の中では仕事を楽しんでいるんですよ。もちろん、緊張もするのですが。
場中には、証券会社のトレーダーさんから何百通というメールやチャットが飛んできます。「今日は国内の年金マネーが買っている」「こんな噂が回っている」「こんなニュースが出た」などなど、大量の情報に触れ、取引をしています。注文の橋渡しをしてくださる証券会社さんとの関係性は、良いトレードを行なうにあたりとても重要だということがよくわかりました。
今は1日の注文全体の1割くらいを担当しています。まだまだ2人のベテランの先輩に助けてもらっていますが、やっぱり楽しいです。
考えに固執せず、決断には軸を持つ
――トレーダーをしていて苦しいと思うときはどんな時ですか?
ファンドマネージャーから受けた注文を完了しないうちに株価が大きく動いてしまうときは苦しいです。注文を受けると、私たちトレーダーは注文全体の何割かを早めに執行します。注文を全部さばききれないうちにタイムオーバーになるのは最悪で。もたもたしているうちに株価が急変してしまうので、常に緊張感があります。最初の頃、うまくトレードできなかった日には、どうしてダメだったんだろう、あの時にああしていれば、とかグルグルと考えてしまい、眠れなくなりました……。
そうならないために、証券会社の出すレポートをたくさん読み込んで、いろんな人の意見を吸収するようにしています。自分の考えに固執してしまうと、いい結果を生まないので。でも、何か自分の中でマーケットの先行きに関するストーリーを持たなければ、売買執行の決断がブレてしまう。自分の考えに固執してはいけないけれど、決断には軸を持つ、その塩梅が難しいんです。
大学での藤野の授業がマーケットとの「出会い」
――もともとマーケットに興味があったのですか?
ありました。大学時代、法学部の学生だったのですが、たまたま外部講師として来ていたレオスの代表、藤野の授業を受けたのがきっかけです。面白くて、マーケットに関する本を読むようになりました。当時のレオスではまだ新卒募集がされていなくて、新卒では野村證券に就職したんです。四季報をめくっていい企業を見つけ出すのがワクワクしました。自分が見つけた企業の株をお客さんが買ってくれるのが楽しかったし、その株が値上がりすればなお、楽しかったです。
2年間営業職に携わって、たまたまレオスに入社するチャンスが巡って来たので、思い切って転職しました。大手からの転職ということで周りには反対されたけれど、自分の決断に迷いはなかったです。
「売ろうと思う」の一言で始まった怒涛の日々
――2月に入ってから、新型コロナウイルスでマーケットが動揺しています。ひふみ投信マザーファンドは、株価の急落前に約2000億円分の株を売却しました。トレーダーとして試練だったのではないですか。
そうなんです、気が張って夜も眠れない日々でした。
2月13日の夕方、藤野がフラっとトレーディングデスクにやってきたのが始まりでした。「株価チャートを見ていると、死んだ猫がぶら下がっているように見える」。そう言ったんです。「だから、売ろうと思う」。私にはマーケットが崩れそうだという実感がなかったので、ぽかーんとしてしまいました。
あとから聞いたんですが、ウォール街で使われる格言でマーケットが大きく下げた後、一時的に起きる反発のことを「デッド・キャット・バウンス」(死んだ猫でも落とせば弾む)というのですが、つまり藤野としては、もう日本株は勢いを失っているのに米国株の上昇につられてなんとかぶら下がっている状態に見えていた、ということのようなんです。長年マーケットと対峙した藤野の、独自の感性だと思います。
翌日から、見たこともない額の売却注文が波のように押し寄せました。
(後編はこちら↓)
※当記事のコメントは、個人の見解であり、市場動向や個別銘柄の将来の結果をお約束するものではありません。ならびに、当社運用ファンドへの組み入れ等をお約束するものではなく、また、金融商品等の売却・購入等の行為の推奨を目的とするものではありません。