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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #32

二宮尊徳はどんな人か。かう聞かれて、尊徳のことをまるで知らない人が日本人にあったら、日本人の恥だと思ふ。それ以上、世界の人が二宮尊徳の名をまだ十分に知らないのは、我らの恥だと思ふ。

武者小路実篤

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第三二回 至誠・勤労・分度・推譲

『三才報徳金毛録』の哲学的世界観を、仕法をする際、農民に一から説いても理解できる者は少ない。そこで彼は報徳思想を報徳仕法に反映する上でのキーワードを強調して説明するようになった。
特に重要なのが、すでに何度も登場している「至誠・勤労・分度・推譲」の四項目だ。

富田高慶は『報徳論』の「自叙」で

〈先生の道、至誠を以て本(もと)となし、勤労を主となす、分度を立てて体(たい)となし、推譲を用となす〉

と述べており、この四項目が重要だと世間に広まったのも、ここから始まっている。

富田高慶 編『報徳論』,興復社,明29.6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/758987 (参照 2024-10-22)

繰り返しになるが、以下再度解説しておきたい。
「至誠」とは、常に誠の心を持って行動することであり、儒教で言うところの徳や仁に等しい。かつて京セラ創業者の稲盛和夫は、しばしば金次郎の「至誠の感ずるところ、天地もこれがために動く」という言葉を引用し、自分の生き方の指針としていた。稲盛の有名な言葉「動機善なりや、私心なかりしか?」の根幹にあったのは、実は二宮尊徳の「至誠」の思想だったのである。

「至誠」が精神状態をさすのに対し、「勤労」はそれが行動になって現れた状態をさす。働くことを含むが、単に働くことを意味しない。

「分度」とは、至誠の状態を保ちつつ、無駄をせず贅沢を慎んだ状態である。報徳仕法ではこの分度を今で言う予算枠のように用い、支出限度目標とした。

報徳仕法の基本中の基本でありながら、守ることが最も難しいのがこの「分度」だった。

〈分を定め度を立てるのは、わが道を行う基本である。分度が確立すれば、そこに分外の財が生ずる。ちょうど井戸を掘れば水がかぎりなくわき出るようなものだ。たとい金額はわずかでも、年々分外に余財が生ずるならば、それによって国を興し民を安ずることができる〉

『二宮先生語録』斎藤高行原著・佐々井典比古訳注

「推譲」とは、余った財産や収益を他人へ譲ることで、今で言う社会貢献である。単なる贈与ではなく、至誠・勤労・分度の結果として残ったものを譲って始めて推譲になる。

彼は「推譲」についてこう語っている。

〈我が教え、これを推譲の道という。すなわち人道の極(きわみ)なり〉

福住正兄著『二宮翁夜話』

〈わが道を行おうと思う者は、よろしく家産の半ばを推し譲るべきである。たとえば百石の所有者は、そのうち五十石で家事を経理し、残りの五十石を推し譲る。そうすれば、ただ年月を送るだけでも人を救う功果は大きい。人が歩くのに、左足を止めては右足を進め、右足を止めては左足を進めてゆけば、千里の遠方に至ることも難しくないようなものだ。分を縮めて節倹を守り、節倹を守って譲り施すことを努めれば、積年の功果は、計算も及ばないまでになる〉

前掲書

こうした至誠・勤労・分度・推譲の実践により、徳が報われ、金次郎言うところの「興(富)国安民」が実現されていく。

それこそが報徳思想なのである。

江戸末期、長州藩では周布正之助(すふまさのすけ)が、薩摩藩では調所広郷(ずしょひろさと)が、それぞれ財政再建を行っている。長州藩では防長三白と言って米・紙・塩の増産に注力し、薩摩藩ではその地理的利点を生かして琉球貿易や黒糖、ウコンの増産で財政を再建した。
だが報徳仕法の優れている点は、その再建手法が応用が利くという点だ。農村だけでなく、家の再興も含め、応用範囲の広さで類を見ないものとなっている。
彼は報徳仕法を属人的ノウハウにすることなく公開し、誰でもそれに従えば農村復興、財政再建ができるようにした。
仕法書には複利計算などの数式が多用されているが、和算に関する指導を行ったのは小谷三志門下の大島勇助だったと言われている(『報徳と不二講仲間』岡田博著)。
度量衡を重視し、統計資料を集め、現時点の実態を正確に把握しようとしたのも金次郎の財政再建の特長である。
天保三(一八三二)年、金次郎は『天徳無盡現量鑑(てんとくむじんげんりょうかがみ)』『地徳開倉積(ちとくかいそうつもり)』を著している。

〝現量鑑〟とは今で言う財務諸表のことだ。また『地徳開倉積』は、その土地の持っている徳がどれほどの可能性を秘めているかを記したものである。
金次郎ほど土地の持つ可能性を最大限に引き出した者はいない。彼は土地の持つ可能性を、無限の知恵を引き出す虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)になぞらえたほどであった。

  • 本連載は会員制雑誌である月刊『致知』に掲載されている連載を、致知出版社様のご厚意で一ヵ月遅れで転載させていただいております。

  • 次回は11月15日更新予定です。