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2人の反面教師から学んだ中国のしぶとい政治経済/三宅一弘(後編)

投資信託「ひふみ」のアナリストらにビジネスや世の中の流れを語ってもらう連載、「ひふみのアンテナ」。前編に引き続き「日本最古のストラテジスト」こと三宅一弘が語ります。

前編では、長いストラテジスト人生で印象に残ったエピソードを語ってもらいました。後編では歴史的視点で世界の流れを分析します。

引き続きインタビュアーはマーケティング・広報部の大酒がつとめます。

前編はこちら↓

日本に学んでバブルをコントロール

――前編では、中国が今置かれた状況と、かつての日本が似ているとのことでした。

中国は2つの国について大変詳しく研究しています。ひとつは日本、もう一つは旧ソ連です。

1990年代初めの日本のバブル崩壊は、1985年のプラザ合意から始まる強烈な円高とそれに対抗するための内需拡大策(強烈な金融緩和)、そして不動産や株価の暴騰とその後の下落によって引き起こされたことをよく研究しています。

1980年代の後半、日本企業や銀行の保有する不動産や株式の価格が急騰し、膨大な含み益が発生しました。企業にとっては担保価値、借入余力(信用力)が著しく拡大すると同時に、銀行にとっても積極的な貸出が行なわれ、法人部門全体の資産・負債が両建てで急拡大を遂げました。

日本の銀行の巨大な信用創造力と、企業の借入余力を背景に米国など海外の企業や不動産を買収する動きも顕著でした。土地が信用をつくり、設備投資を誘発し、人々の給料も増え、多くの人が不動産や株を買う。やや極端にいえば、永続的に上昇するという「土地神話」を起点に日本企業が米国をしのぐ力をつけたのです。

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――三宅さん自身も、当時の日本の勢いを肌で感じていましたか?

あの頃は若く給与も少なかった私ですが、毎年給与やポジションが上がるとの幻想の下で、今より贅沢をしていたように思います。車には興味がなく、派手には見られなかったですが。

日本企業の台頭に危機感を募らせた米国は、日本の強さを叩く諸策を打ち出しました。その1つが企業や銀行の強烈な信用力の源泉となっていた土地高を砕くことでした。不動産に税金を課す地価税の導入や、銀行の不動産融資の総量に上限を設けるなども”外圧”が遠因になったとみられます。

また、国際的な銀行規制として1988年にバーゼル合意で銀行の自己資本比率の測定方法(株式含み益の算入制限)や、達成すべき最低水準(8%以上)が定められましたが、その一因は日本の銀行の突出した信用創造力を抑えることにありました。

バーゼル合意
バーゼル銀行監督委員会が公表している国際的に活動する銀行の自己資本比率や流動性比率等に関する国際統一基準のこと。1988年に最初に策定され(バーゼルI)、2004年に改定(バーゼルII)。その後、07年夏以降の世界的な金融危機を契機として、再度見直しに向けた検討が進められ、10年に新しい規制の枠組み(バーゼルIII)について合意が成立した。

――中国でも、不動産バブルの問題は数年前から指摘されていますね。

誰も住んでいないマンションを「鬼城」と呼び、バブルの象徴のように言われて久しいですよね。なかなかバブル崩壊はやって来ません。まさに日本の教訓を活かしているのだと思います。最近の中国の不動産動向を見ると、大都市と地方都市で2極化しつつあるのは確かです。大都市や中核地方都市は上がり続け、内陸部の都市は下落しています。

中国政府は何とかしてこの下落をソフトランディングさせようと「バラック再開発」と呼ばれる枠組みで下支えしています。バラック地区の住民に補償金の形で現金を手渡し、立ち退かせて再開発をします。住み替えによる住宅需要の盛り上がりで、地価は上がります。生産年齢人口の減少が鮮明化しはじめる2020年代半ば~2030年代には不動産バブル崩壊のリスクが高まると思っていますが、今のところ中国政府は不動産をうまくコントロールしているのではないでしょうか。

旧ソ連の二の舞を恐れる中国政府

――強くなった中国に対し、米国は強硬ですね。かつての日本に対する態度よりも、乱暴というか、巧妙でない印象を受けます。

中国は核を含め強大な軍事力を持っています。ITの技術力では米国に匹敵するくらい。米国の安全保障の傘下にあった日本と違い、巧妙なやり方でたたけるような相手ではありません。ファーウェイ製品などに対する事実上の禁輸措置は、敵国に対する政策です。戦前のABCD包囲網がそうでした。

ABCD包囲網:
ABCDは、アメリカAmerica、イギリスBritain、中国China、オランダDutchの頭文字。1930年代後半(昭和10年頃)の太平洋戦争の前夜に、これら4か国が対日包囲陣を結成して行った貿易制限の総体に、日本が名付けた名称のこと。

2020年代後半にはGDPで米中が逆転するとの試算がシンクタンクから出始めています。トランプ政権(共和党)のみならず野党・民主党も含めて米議会は、今、中国を抑え込まなければ、中国に抜かれてしまうという焦りは強いと思います。

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――少し話がずれますが、香港のデモにおける中国政府の対応は、台湾の現総統、蔡英文氏の支持率を大きく押し上げました。来年1月の総統選に向け、穏健ながらも台湾独立志向が強い総統の支持率を上げてしまったのは、中国政府にとって誤算だったのですか。

はい、誤算だったと思います。冒頭にも話しましたが、中国はソ連共産党の崩壊を学び、教訓にしています。中国当局者に取材しても、ソ連崩壊の直接的な原因は、
① 経済の疲弊
② 共産党の腐敗と貧富の格差拡大(不満社会)
③ 民族分離運動
④ ゴルバチョフ大統領の急激な政治改革・ペレストロイカの失敗

でした。情報公開で豊かな西側諸国の実情が知れ渡り、国民の民主化、反共産党運動に火が付き、ソ連崩壊へとつながりました。

だから、習近平政権は
① 経済強化(中国製造2025で次世代産業育成)
② 反腐敗運動(汚職官僚の摘発)
③ 民族分離運動叩き(チベット、ウイグルなどに対する弾圧、台湾統一)
④ 言論・情報統制(ネット規制、監視社会化)

を進めています。香港の民主化運動に対して絶対に甘い顔はしません。

習近平総書記にとって台湾統一は最重要目標ですが、今の情勢は逆方向に遠心力が働く雲行きです。蔡英文総統の再選を視野にしながら、ダメージ・コントロールや対応策に動き出したのではないでしょうか。

案外、トランプ大統領が一番いい?

――再選と言えば、トランプ大統領が来年に再選すること、またはしないことは、株式市場や中国にとってどのような意味を持ちますか。

まず中国にとってですが、案外、トランプ大統領が一番いいのかもしれません。先ほども言ったように、経済的に強硬な姿勢は野党である民主党も同じです。民主党はこれに加え、ウイグル自治区などの人権問題も持ち出してくるかもしれません。トランプ大統領は極端に言えば経済的な面で譲歩すればいいので、中国にとっては交渉がしやすいと思います。

株式市場にとってもトランプ大統領の方が望ましいかもしれません。基本的に株式にフレンドリーです。どのみち、米中は対立します。それだったら、株式市場や経済を重視するトランプ大統領の方がいいと投資家は思うのではないでしょうか。また、現在はかつてないほど日米関係が良好です。日本にとってもトランプ大統領がいいのではないでしょうか。

今日はプラザ合意やバーゼル合意、ペレストロイカなど、駆け出しのころを思い出す懐かしい言葉を使いました。年寄りだと思われないように、若々しく写真を撮ってくださいね!

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(インタビューを終えて)
「日本市場は金鉱脈」。三宅が2012年夏に出したレポートを見せてもらいました。同年秋の総選挙では政権交代と安倍政権の誕生が確定的になり、株価は一気に反転しました。

お客様だけでなく、レオスのメンバーの質問にも笑顔で懇切丁寧に答えてくれる三宅は社内で「三宅先生」と慕われています。経済解説動画「三宅の目」はYouTubeで見られます。是非ご覧ください。(マーケティング・広報部 大酒)

※当コメントは個人の見解であり、個別銘柄の売却・購入等の行為の推奨を目的とするものではありません。
※組入れをお約束するものではありません。

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