【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #14
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第一四回 服部家での奉公と五常講
服部家の当主(代々十郎兵衛を名乗った)には、金次郎より九歳年下である満一六歳の長男清兵衛(せいべえ)以下、年若い三人の子どもたちがいた。
当時はまだ小田原藩の藩校文武館は開校していなかったので、小田原随一の儒者である宇野権之進(西海)の開いている私塾に通って学問の研鑽(けんさん)に励んでいた。
講義の間、金次郎は廊下に控えている。すると障子越しに講義の内容が聞こえてくる。子どもたちより理解の進んでいる彼は、帰宅後、三人に講義の内容を復習してやるのが日課であったが、しばしば話はそこから発展し、「修身斉家治国平天下(しゅうしんせいかちこくへいてんか)」の人生訓で終わるのが常であった。
後年、長男清兵衛が家督を継いだ時、金次郎が送った励ましの手紙(天保七年正月一六日付)の中にこう記されている。
――二五年前、御年一八歳(筆者注:数え年)の時より、身を修め、家を治め、ついに国を治める次第、種々様々ご伝授申し上げおき候。
手紙を書きながら胸を張っている金次郎が目に浮かぶようだ。
清兵衛たちの家庭教師が務まったのは、しばらく前から熱心に勉学に励んでいた賜物だった。
日記によれば、万兵衛の家を出た三年後の文化四(一八〇七)年から様々な書籍を購入していることがわかる(『二宮金次郎正伝』二宮康裕著)。
『実語教』(文化四年、九〇文)
『孝経』(文化八年六月、一七二文)
『山塊(さんかい)記』(文化八年八月、三〇〇文)
『経典余師(けいてんよし)』(文化八年九月、金一分二朱銀四匁五分)等々。
ちなみに『実語教』は庶民向けの初等教科書である。寺子屋などで用いられた『実語教』をこの時期に買っているということは、金次郎の学力がまださほどではなかったことを物語っている。
だがその次の『孝経』は四書五経の一つである。『山塊記』は鎌倉時代の公卿(くぎょう)である中山忠親(なかやまただちか)の日記で、平家の興亡が詳細に記されたものだ。彼の知識欲がどんどん膨れ上がっていったことが伝わってくる。
そして『経典余師』は、『論語』『中庸』『大学』『孟子』の四書に注釈を加えたもの。漢学者渓百年(たにひゃくねん)によって天明六(一七八六)年発刊された本書は、初版から人気を博し、その後、『詩経』など十数種類が出されたベストセラーだ。ひらがなで意味と読み方を付記してあり、独習するには絶好の参考書であった。
漢籍は総じて高価だったが、『経典余師』は金一分二朱銀四匁五分もした。
江戸の貨幣は金貨と銀貨と銅貨からなっている。金貨は四進法で一両は四分、一分は四朱。銀貨は一〇匁が一両で一〇分が一匁。銅貨は四〇〇〇文で一両だ。
一両三〇万円換算で計算すれば、金次郎が購入した経典余師は現在価値にして約二五万円だったことになる。
現代人でも、この価格の本にはなかなか手が伸びないのではないだろうか? 爪に火をともす思いで蓄財していた彼だが、自らに投資することは惜しまなかったのである。
翌年にも同じ『経典余師』を二朱で購入しているので服部家の子弟の教育に用いたという推測もできるが、書物の積極的購入は特筆に値する。
文化八(一八一一)年一一月には、一二四文(現在価値にして九三〇〇円)で本箱も購入した。
服部家での金次郎は、与えられた仕事をしていただけではなかった。
自分にとって一文の得にもならない、いやそれどころか損すらすると分かっていても、困っている人を見ると行動しないではいられなくなる。要するにお節介なのだ。これが彼の生涯一貫した生き様だった。
しばらく勤務して、すぐに彼は服部家の使用人の中に、生活に困窮している者が結構いることに気がついた。
(彼らをなんとか助けてやれないものか)
そう思った彼は知恵を絞り、互助制度の設立を提案し、みなの賛同を得るのである。
まずは節約や工夫で基金を作った。薪や蝋燭(ろうそく)を節約した代金や、夜なべの縄綯(なわな)いで稼いだ代金、不要になった品物を売り払った代金などをかき集めた。精を出した者(出精人)には褒美の金品を与えた。
使用人たちの間に一体感が生まれ、勤勉や倹約が自然と醸成されていった。
基金が一定額集まると、互助制度は本格的に稼働し始める。
仕組みは簡単だ。一〇両を借りたら、返済するときは二両の利子を足して一二両返す。返したお金は次の誰かを救う原資になる。助けられただけで終わらず、次は誰かを助ける側になるというのが励みになった。
互いの信頼に基づいた仕組みだから絆も深まる。
彼はこれを「五常講(ごじょうこう)」と名付けた。
五常とは儒教で人が守るべきとしている徳目で、仁、義、礼、智、信を表す。こうしたネーミングにより、参加者の道徳心を強化したのだ。
モラルアップすると貸し倒れが減るのはもちろん、みな早く返済しようとし、資金の回転がよくなる。基金を拠出しようとする人間も増える。どんどん規模が大きくなり、より多くの人を助けることができるというわけだ。
本連載は会員制雑誌である月刊『致知』に掲載されている連載を、致知出版社様のご厚意で一ヵ月遅れで転載させていただいております。
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