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【舞台裏レポート③】知力と知力のぶつかり合い。異次元の集中力の裏にある弛まぬ努力

こんにちは。ひふみラボ編集部です。

レオス(ひふみ)が特別協賛をつとめる将棋の八大タイトルの一つ「第8期叡王(えいおう)戦」の五番勝負は、第3局を終え藤井聡太叡王が防衛に王手をかけました。
対する挑戦者・菅井竜也八段も全く引かない姿勢を貫き叡王を追い込む場面もありました。まだまだ勝負の行方はわかりません!

そんな熱い攻防を繰り広げた第3局のレポートは、将棋の対局解説動画を時折見るという社長室兼未来事業室の関がお届けします。

潔く、落ち着いて

第3局は、名古屋市東区白壁にある老舗料亭「か茂免」でゴールデンウイーク中の5月6日(土)に行なわれました。
会場である料亭か茂免さんは、数寄屋造りの建物と日本庭園を持つ老舗料亭です。か茂免さんがある白壁地区は、名古屋大空襲の被害を逃れたことで、歴史的な建物が多く残っている場所です。

か茂免の入口は白壁に囲まれています。

ちなみに、2年前に開催された第6期叡王戦第3局でも、対局場所としてか茂免さんが使われました。私はこのときも参加しており、今回は2回目の訪問となりました。

第6期叡王戦第3局のレポートはこちら↓

前回の訪問時は8月上旬ということで、日本庭園からはアブラゼミの声が絶え間なく聞こえていました。今回は、ときおり鳥のさえずりが聞こえる以外、たいへん静かな空間でした。対局場や控え室から外に目を向ければ、庭の新緑が目に映り、下を見れば替えて日の浅い畳の緑が目に飛び込んできます。

対局前日の夕方に、対局検分と関係者食事会が行なわれます。
午後4時の少し前にか茂免さんに到着して早々、対局者である藤井聡太叡王と菅井竜也八段、第3局の立会人である谷川十七世名人とともに、庭園を背景に記念撮影をしていただきました。

記念写真を撮影
対局検分の様子

対局検分に臨む棋士のお二人です。
対局検分では、対局前日に実際の対局場に座ったうえで、使用する駒を決めたり、照明を確認したり、室温を確認します。
ここで、用意された2種類の駒のどちらを使うかを決めるシーンがあったのですが、それは大変面白い瞬間でした。
立会人である谷川十七世名人が「どちらがよろしいでしょうか」と尋ねるのに対し、対局者は2人とも「どちらでも」という回答。最終的に菅井八段が「どちらかというとあとのほうが…」と声を上げ、そちらに決まりました。

対局場の環境にも注文は出ません。勝負にとことんこだわり勝ちを重ねている藤井叡王ですが、こういった部分では全くこだわらない潔さを感じました。

検分に続いて、同じ場所でメディアによるインタビューがありました。
「第3局は勝者が王手をかける天王山となりますが……」といった引き締まる質問もあったものの、他のいくつかの質問に対しては対局者双方が笑い声を交えながら答えており、前日ながらリラックスした雰囲気も伺えました。

その後は建物内を移動し、午後5時半頃に関係者食事会が始まりました。
食事会では、冒頭に対局者が意気込みを語ってくださいます。

藤井叡王は、第2局での対局を振り返り「中盤で差をつけられた」「挽回するような戦いをしたい」と勝利に向けた決意を語りつつ、「か茂免での対局は2回目」と述べたとおり、経験ある対局場での叡王戦に少し余裕を持っているようでした。
対する菅井八段は、A級唯一の振り飛車党ということで「注目されるシリーズ。一局毎に声をかけられる」と述べ、対局を巡って盛り上がる声を気にされているようでした。

意気込みを語る直前の両対局者

決意表明後に退室した両者ですが、関係者の方にお話しを伺うと、お二人のその後の行動も異なっていたそうです。
菅井八段は翌日に備えて速やかに宿泊先に移動したそうですが、藤井叡王はか茂免さんに残って夕食を楽しまれたとのこと。ここでも藤井叡王に落ち着きが見られました。

初手立会と「巌流島」

対局当日、9時の対局開始を前に、先に挑戦者が入室して叡王を待ちます。
沈黙の時間が数分続いたのち藤井叡王が入室し、駒を盤上に並べていきます。ここでも、駒を並べる際のパチパチという高い音のみが聞こえる、緊張した空間が続きました。

駒を並べる両対局者

午前9時、対局の開始が告げられると、先手の藤井叡王は「初手お茶」のスタート。
藤井叡王はいつものルーティーンで一息ついたのち、2六歩と指していきました。続いて菅井八段は、目を閉じて一度天を仰いで沈黙を続けたのち、3四歩と指していきます。

菅井八段のすぐ近くで見守ったマーケティング部の田村は、対局開始の直前に菅井八段の“空気”が変わるのを感じたそう。

「対局の様子をよく知る方に伺うと菅井八段の対局は非常に緊張感があると言われているそうですが、インタビューなどでお話されている菅井八段の柔らかい印象とギャップがあって不思議に思っていました。間近で見てその意味が分かりました」と話していました。

同時に「菅井八段とは対照的に、藤井叡王は入室したときから纏う空気が変わらず、流れるようにそのまま指し始めたように感じた」といい、ある意味で自然体のように見える藤井叡王のその様子に、かえって凄みを感じたそうです。

また、遠目に初手を見守った当社副社長の湯浅は、「真相は分からないけど、宮本武蔵と佐々木小次郎による巌流島の決闘も、もしかしたらこんな感じの始まりだったのかもしれないね」と感想を口にしていました。

「心底将棋好き」の皆様

関係者控室では、佐藤康光九段や勝又清和七段らが対局を見守り、次の一手を予想し合っていました。
また、午後の大盤解説を務められる松尾歩八段と貞升南女流二段による、指導対局もありました。
控室ではいくつか将棋盤と駒がおかれ、私たちも将棋を指すことができます。プロの棋士ではない協賛各社の関係者との軽い対局でも、棋士の皆さんが次々と盤面を覗き込んでおられ、あらためて「本当に将棋がお好きなんだな」と感じました。

谷川十七世名人による揮毫(きごう)「清流無間断」

午前中には、谷川十七世名人や松尾歩八段などによる色紙への揮毫も行なわれていました。
午後に行なわれる大盤解説会の一企画として抽選会があるのですが、そちらの景品になるものです。
写真の「清流無間断(せいりゅうにかんだんなし)」は、日々絶え間ない努力や修行の大切さを伝える禅語の言葉です。私は、当社が行なっている投資活動にも通ずる良い言葉だな、と思いながら拝見しました。ちなみに、松尾八段は、自分の欲望や邪念に打ち勝つという意味の「克己(こっき)」と書かれていました。

対局といえば、毎度おやつと昼食が話題になります。
午前中のおやつはこちら。

主催の不二家さんが両対局者に提供するおやつです。 私も両方を少しずつ、大変おいしくいただきました。チョコのケーキのほうは、ケーキながら「カントリーマアムだ!」とはっきりわかる味です。生ミルキーは、「感動の口溶け」を謳うとおり、口に入れると全く噛まなくてもサッと溶けていきます。

そしてこちらが昼食です。
対局場であるか茂免さんは老舗料亭ということで、三河一色産うなぎやコーチン玉子など、地元の食材が使われたおいしい和食が用意されます。こちらは食べることはできませんでしたが、どちらも本当においしそうで、何時間も集中しつづけるお二人の力の源になっているのでしょう!

熱いファンが集まる大盤解説会

両対局者の昼食がお知らせされたのち、私と田村は大盤解説会の会場へ向けて移動しました。
大盤解説の会場は名古屋東急ホテルです。受付は大盤解説会が始まる14時の1時間前にスタートするのですが、熱心なファンの方々が次々と受付を済ませていきました。

大盤解説会の会場(名古屋東急ホテルの宴会場)

解説者は松尾歩八段、聞き手は貞升南女流二段です。
松尾八段は、「コロナ禍が続いたため、大人数を前にした大盤解説は久しぶり」と話されていたのですが、時折笑いを誘いつつ会場を盛り上げていました。
大盤解説は、45分ほど行なっては15分休憩が入る、というようなセットの繰り返しで、対局に合わせて進められます。「話しながら考えるのは苦手なんですよね」と言いつつ、進行する対局を横目になされる予想手や指し手の解説は、実に見事でした。
私は、「休憩時間にも、対局状況を踏まえて解説に備えておられるのかな?」と思っていたのですが、控え室での松尾八段と貞升女流二段は、地方対局でのおすすめ宿泊先や、朝食に食べるものといった話題の「ゆるトーク」炸裂で、面白かったです。

さらに、大盤解説の途中では解説者として、立会人である谷川十七世名人がサプライズで登場!
「叡王戦は副立会がいないため、本来は対局場を離れられないのですが、今日は佐藤康光会長がいるので」との挨拶に大きな拍手が送られました。

叡王の形勢逆転劇

さて、本局は第2局と同様、「相穴熊」戦となりました。
開始から序盤は、両対局者とも穴熊囲いを組んでいきます。そのため、持ち時間をそれほど消費することなく進んでいきました。
ただし、穴熊囲いは堅牢な守りを築く戦法であるため、守備を崩すのに時間を要し長期戦になりやすいという特徴もあります。また、守りを崩す過程で相手から奪った金や銀などの駒で、様々な新たな手を打てるという、幅の広い展開を生む戦法でもあります。

一進一退の攻防が続く中盤を経て夕方、中継するABEMA将棋チャンネルで対局の形勢を表示するAI評価値形勢判断では、次第に菅井八段が優勢との判断になっていきました。
第1局、第2局と同様に藤井叡王が先に持ち時間を使い切り1分将棋となるなか、一時、AIの評価値は70%を超えて菅井八段が優勢という評価値が示され、私と田村は「菅井八段が連勝かな」と予想をしていました。

大盤解説でも、「先手の藤井叡王は、(引き分け指し直しとなる)千日手を狙うしかないのではないか」というコメントが出る状況でした。ところが、菅井八段も1分将棋となった終盤、形勢が逆転します。最終的に163手目に挑戦者が投了を宣言し、藤井叡王の勝利、防衛に王手をかけました。

私が特に印象に残ったのが、117手目に藤井叡王が繰り出した「2二角」という手です。決して攻めの一手ではないながら、最後まで守りとして機能し続けるという意外性に、「こうなるのか!」と感心しっぱなしでした。

117手目の「2二角」 (出典:日本将棋連盟ホームページ内「叡王戦中継サイト」)

楽しみな第4局

第3局を終えて、藤井叡王が先に2勝とリードする展開となりました。「最高の振り飛車と最高の居飛車の戦い」として注目される今期の叡王戦、できるだけ長く見ていたい気持ちもあります。

今回、前日の対局検分から間近で見守り、月並みでありますが「純粋な知力と知力の戦いは本当に美しい」と感じました。
時には1手を指すまでの時間が1時間以上に及ぶこともありますが、手を動かすでもなくひたすら考え続けているスポーツはなかなかないでしょう。
19時の少し前に挑戦者が投了し、勝負が決した瞬間には、自然と拍手したくなりました。

昨今知能と遺伝の関係に関するエビデンスが少しずつ積み上がり、「努力すればなんとかなる」とは簡単に言えない時代になりました。

しかしながら、お二人の対局を見ていると、そんな雑念も吹き飛びます。
ベースの能力があるのはもちろんなのでしょうが、それ以上に弛まぬ努力をなさっていることが滲みでるお二人の姿は感動しかありません。

日々の生活の中で、30分間でも「ただただ何かについて深く考え続ける」ことは滅多になく、瞬く間に時間だけが過ぎてしまいます。今回の対局参加は、時間の使い方を見直す大変良い機会になりました。

岩手県で開催される第4局も、きっと素晴らしい対局になることでしょう!

引き続き一緒に叡王戦を応援しましょう!