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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~

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第14回山本七平賞を受賞され、100年経営の会顧問や、日本将棋連盟アドバイザーなど、多方面でご活躍されている作家・北康利先生による新連載企画です。 前回の本多静六氏に続き、今回…
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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #15

前回はこちら↓ 第一五回 服部家の家政立て直し五常講は世界最初の協同組合、信用組合である…

【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #14

前回はこちら↓ 第一四回 服部家での奉公と五常講服部家の当主(代々十郎兵衛を名乗った)に…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #13

前回はこちら↓ 第一三回 すべての商売は、売りて喜び、買いて喜ぶようにすべし二宮金次郎は…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #12

前回はこちら↓ 第一二回 犠牲を払いながらの生家再興  生家を再興するべく必死に頑張って…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #11

前回はこちら↓ 第一一回 「積小為大」開眼農家の一大行事はなんと言っても田植えである。 …

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #10

前回はこちら↓ 第一〇回 禁じられた夜の読書江戸時代というのは互助制度のしっかりした時代…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #09

前回はこちら↓ 第九回 父に続き、母をも失う金次郎は朝は暗いうちから早起きして田畑の世話をし、夜は草鞋(わらじ)作りをして一家四人の生計を支えようとした。だが父利右衛門のいなくなった穴を埋めるには至らない。 そのうち、食べるものにも事欠くようになっていった。 利右衛門が亡くなって三ヵ月ほどが過ぎ、享和元(一八〇一)年の正月がやってきた。年始には神楽(かぐら)が家々をまわることになっている。 その年も神楽の笛の音が近くまでやってきた。 「神楽が来たけど、一体どうすればいいの

【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #08

前回はこちら↓ 第八回 父利右衛門の死寛政一一(一七九九)年、金次郎は満一二歳になってい…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #07

前回はこちら↓ 第七回 栴檀は双葉より芳しある日、道仙がいつものように診察に行くと、金次…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #06

前回はこちら↓ 第六回 病床に伏した父利右衛門口減らしとして、弟の友吉は寺に出された(し…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #05

前回はこちら↓ 第五回 酒匂川の洪水金次郎が生まれた頃の二宮家は、二町三反(一町は約一ヘ…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #04

前回はこちら↓ 第四回 暴れ川と飢饉との戦い金次郎が生まれた天明七年という年は、十一代将…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #03

前回はこちら↓ 第三回 二宮金〝治〟郎誕生二宮金次郎は天明七(一七八七)年七月二三日の朝…

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【北康利連載】二宮尊徳~世界に誇るべき偉人の生涯~ #02

前回はこちら↓ 第二回 ねじ曲げられた真実明治維新後、彼の評価は一転する。 富国強兵殖産興業の大号令がかかったこともあって、急にもてはやされ始めたのだ。 農商務大臣の井上(いのうえ)馨(かおる)は、何かというと二宮尊徳を引き合いに出して持ち上げた。盟友だった渋沢栄一が尊徳のことをことのほか尊敬していたからである。修身の教科書にも登場するようになり、全国に彼の銅像が建てられ、多くの人々からの崇敬を集めた。 渋沢栄一のみならず、安田善次郎(みずほ銀行の祖)、伊庭貞剛(住友グルー